大判例

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東京地方裁判所 昭和50年(ワ)1682号 判決 1976年5月27日

原告

株式会社東建

右代表者

岡田恵有

右訴訟代理人

和田隆二郎

外一名

被告

尚賢産業株式会社

右代表者

須田昭

被告

須田昭

右被告両名訴訟代理人

須田清

外一名

主文

被告らは各自原告に対し金一二六〇万円とこれに対する昭和四九年七月一日以降その支払いがすむまで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

訴訟費用は被告らの負担とする。この判決は被告尚腎産業株式会社に対する部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(原告)

一、被告会社に対する請求並びに被告須田に対する主たる請求

主文一、二項と同旨の判決と仮執行の宣言を求める。

二、被告須田に対する予備的請求

被告須田は原告に対し一二六〇万円とこれに対する本件訴状が同被告に送達された日の翌日以降その支払いがすむまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告らの負担とするとの判決と仮執行の宣言を求める。

(被告ら)

原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求める。

第二  主張

(原告―請求の原因)

一、原告は土木建築の請負および不動産の売買を業とする会社であり、被告会社は電気製品の組立・製造および販売を業とする会社で、被告須田はその代表取締役である。

二、原告は、被告須田の懇請により、昭和四九年二月二八日ころから同年四月四日ころまでの間に、五回にわたり次のとおり合計一二六〇万円を、利息を定めず貸渡した。

1  昭和四九年二月二八日ころ

二〇〇万円

2  同年三月一八日ころ

二〇〇万円

3  同年四月三日ころ

五〇〇万円

4  同月四日ころ

二〇〇万円

(以上いずれも弁済期は同年六月三〇日の定め)

5  同年三月四日ころ

一六〇万円

(右弁済期は同年六月一五日の定め)

三、ところで、被告会社は、昭和四三年一月一八日設立登記され、形式的には法人格を備えているが、その実態は、被告須田のいわゆる個人企業というべきものである。

すなわち、被告会社は、その設立の当初から被告須田が代表取締役となつて会社の業務一切を意のまま運営し、他の取締役は単に登記簿上の名のみにすぎず、株主総会、取締役会の開催された様子もない。

また、被告須田は、被告会社所有の唯一の不動産である工業用建物およびその敷地を他に売却してその代金を私するなど会社財産と個人財産とを全く混同している。

このように、被告会社は被告須田の個人企業で、その法人格は形骸に過ぎないものであるから、法人格否認の法理により、被告須田は、右貸金について支払いの義務がある。

なお、法人格否認の法理は、法的形態の背後にある実体を把握することによつて契約の相手方を保護するために認められた法理であるから被告会社も法人格が否認されることを利益に援用することは許されず、被告須田とともに、前記貸金債務について支払い義務があるというべきである。

四、仮に、右法人格否認の主張が認められないとしても、被告須田は被告会社の代表取締役として、商法二六六条の三の一項にもとづき、右貸金相当額の損害を原告に賠償すべきである。すなわち、

原告は、前記のとおり被告会社の代表取締役である被告須田の懇請により、右金員を貸渡したのであるが、被告須田は、昭和四九年九月一三日被告会社の唯一の不動産である茨城県結城郡八千代町大字管谷一五七番地所在の工場建物およびその敷地約一二〇〇坪を、訴外ホーチキ株式会社に代金一億三〇〇〇万円で売り渡し、間もなく被告会社の営業を停止した。右代金のうち七〇〇〇万円については、右訴外会社が被告会社の銀行に対する債務を肩代りして決済したが、残金六〇〇〇万円は被告須田が受領した。被告会社には当時右六〇〇〇万円のほかには見るべき資産がないにも拘らず被告須田は、右残代金の大部分を着服して横領し、被告会社の債務を弁済する資金に充てなかつた。このため原告は右貸金の弁済を得られず、右貸金債権と同額の損害を蒙つた。

右被告須田の行為は、被告会社の代表取締役としての著しい任務懈怠に該当し、同被告は職務を行うについて悪意または重大な過失があつたものと言わねばならない。

五、よつて、原告は被告会社ならびに被告須田に対し、右貸金債権一二六〇万円とこれに対する弁済期後である昭和四九年七月一日以降完済まで、商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

また、被告須田に対する、右貸金の請求が認められないときは、予備的請求として、被告須田に対し、商法二六六条の三の一項に基き、原告の蒙つた右貸金相当額の損害一二六〇万円と、これに対する本件訴状が被告須田に送達された日の翌日以降その支払いがすむまで、商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。<以下省略>

理由

一請求原因第一項の事実については当事者間に争いがない。

二<証拠>によると、請求原因第二項の事実を認めることができ、他に右認定を妨げるに足りる証拠は見当らない。

三そこで、被告会社の法人格否認を前提とする被告須田の責任について検討する。

<証拠>によると次のとおりの事実が認められる。

訴外会社は、昭和四三年一月一八日設立登記され、被告須田が代表取締役となつて、電気製品の組立・製造販売を目的として営業していたが、昭和四九年九月ころ、経営不振のため営業を停止し、いわゆる倒産するにいたつた。

訴外会社は、右のとおり、株式会社として設立され、その登記を経ており、所定の役員の選任、その登記もなされているが、昭和四九年三月には、銀行から融資を得る必要があるとの理由で、原告の代表者岡田恵有を被告会社の取締役として就任させたが、右手続は、被告須田独自の判断で特に株主総会を経たうえで選任することもせず、また同年九月一三日には、同月五日同人が辞任したとして、その旨の登記がなされているが、これも被告須田が独断でこれをなすなど、被告会社の機関は名目上のみで、事実上は被告須田により経営されていた。

また被告須田は、被告会社のほかに、昭和四七年九月六日訴外尚賢開発株式会社を設立し、その代表取締役となつていたが、被告会社として原告から前記金員を借り受けるに際し、被告会社名義の約束手形を振り出すことができない事情にあつたため、これに代えて右尚賢開発株式会社名義の約束手形を振り出すなど、被告会社と右訴外会社はともに、あたかも被告須田個人の会社として厳密な区別をせず、更には、被告須田は昭和四九年九月一三日、被告会社の唯一の資産で営業の本拠である茨城県結城郡八千代町大字管谷所在の、被告会社の工場用建物、敷地を訴外ホーチキ株式会社に売渡したが、この売却処分についても、被告会社の取締役会の議を経るなどのことなくこれをなし、かつ、右建物、敷地を総額一億三〇〇〇万円で売却し、うち七〇〇〇万円は、当時右建物、敷地に設定してあつた同額の抵当権の被担保債権につき、買主である訴外ホーチキ株式会社に債権の引受けをして貰つて代金の受領に代えて決済したが、残額六〇〇〇万円については、被告会社の資産として、被告会社の債務の返済等に充てるべきところ、何ら右資産の帰属について明らかにされることのないまま、被告会社には何らの資産もなく、その営業も停止されて、被告会社は特段に法律上の手続を経ないまま事実上消滅するに至つた。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠はない。

特に、被告会社が、株式会社としてその機関が機能し、またその資産が適正に管理されていたとの点については、被告須田からは、何ら証拠資料の提出がない。

右認定した事実および弁論の全趣旨に照らすと、被告会社は、その株式会社としての機関は機能しておらず、事実上被告須田個人によつて運営され、その資産も、株式会社としての責任の範囲を明確にするに足る程度に適正に維持管理されていたとは認められないものというべく、法人として最も重要な要素をなす機関および資産の点において法人としての資格を欠き、法人としての実体を有しないもので被告須田個人の企業と認めるのほかないものというべきである。

従つて、被告会社名義で被告須田によつてなされた、原告との間の右金銭貸借契約上の債務については、被告会社のみならず被告須田にもその責任が及ぶものと考えられる。

四被告らは、右金銭消費貸借契約上の債務は、二五〇〇万円を訴外石田信の銀行口座に送金することにより、原告に対し弁済した旨抗弁し、原告はこれを否認するところ、被告らは右事実につき何らの立証もしないからこれを認めるに由ない。

五以上のとおりであるから、原告の被告会社に対する請求および被告須田に対する主たる請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立については、被告会社に対する請求を認容した部分についてのみ相当であるから民事訴訟法一九六条を適用してこれを認め、被告須田に対する部分については相当でないと思料するのでこれを付さないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(川上正俊)

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